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第二テーマ館
「いのち」のゆくえ、「責任」のゆくえ ![]()
JAL123便の御巣鷹山墜落事故は、何年経ても、わたしたちの記憶から消えることなく残っ
ています。
とりわけ群馬県は、その墜落現場となってしまったこともあり、事故後の遺体処理をはじめ、
多くのひとびとが事故そのものと深くかかわることにもなりました。そして、その誰もが忘れるこ とのできない体験をし、その後の人生観すら変わることになってしまった人も少なくありませ ん。
にもかかわらず、事故処理と遺族への対応の問題、その後、空の安全性は改善され信頼さ
れるに足りるといえるような時代になったのかということに関してみるならば、あれだけの事故 の教訓が今日ほんとうに活かされているのかどうか疑問を感じずにはいられません。
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そして、とうとうあの事故から20年という歳月が流れました。
そんな節目にあたる年に様々なニュースが飛び込んできます。
日航では相次ぐ事故を引き起こし、国土交通省から航空法にもとづく事業改善命令をうけて
います。
はたしてトップはこの年をどううけとめているのでしょうか。
日航というひとつの大きな組織のなかでは、いまも御巣鷹山に登り続ける日航社員の姿もあ
りますが、遺族や周辺の私たちにとって、乱立する組合の問題も含め、やはりひとつの組織と はとても思えない状況が今も続いています。
そんな様々な記事が飛び込んでくるなかで、一際次の記事がわたしの目を引きました。
日航機墜落事故:
山守、脳梗塞で倒れる 遺族ら回復祈る
事故現場の御巣鷹山に登る仲沢勝美さん (毎日新聞 2005年6月27日)
犠牲者520人を出した85年の日航ジャンボ機墜落事故現場の群馬県上野村で、御巣鷹の尾根の管理を続けて
きた仲沢勝美さん(85)が昨年末に脳こうそくで倒れ、寝たきりになっているとの記事が新聞に出ていました。上野 村の黒澤村長から、登山道の修復、整備役を任され、遺族とともに標高約1200メートルの山に何度も足を運んでい る方です。
仲沢さんは、登山道に手すりを作り、小川に橋をかけ、草むしりや道の舗装を続けた。高齢の遺族を背負って登っ
たり、登山できない遺族に代わって墓標に花を手向けたりもし、毎月12日の月命日を含め、登山回数は月平均4〜 5回。この19年間に遺族と交わした手紙は1000通以上になると新聞記事は伝えています。
最近自宅で倒れて以来、体の自由はほとんど利かず、隣町の特別養護老人ホームで介護を受けていたとのこと。
村は後継者を探しているが、引き受け手はまだいないそうです。
残念ながら仲沢さんは、もう亡くなられて、今は黒沢さんがその志を受け継いで、登山道の修
復・整備や遺族の世話をされています。
「楢勝」こと仲沢さんのことは、私は池田知加恵さんの『雪解けの尾根』を通じて知りました。 仲沢さんは、まさ
に加害者でも被害者でもない立場でありながら、この事故を通じて仲沢さん自身の人生が変わり、仲沢さんの存在 によって、多くの遺族の心が和らぎ、また日航側の人びとも変わってきたといえる存在です。
律儀な楢勝は、閉山中の真冬でも月命日の十二日には、必ず御巣鷹の尾根に登ってくれて
いる。この原稿を書いているところにも彼から電話がかかってきた。彼は、電話魔でもある。
「今、山に登ってきたところだがね、昇魂のあたりは、1メートルも雪が積もってたべ。池田さん
とこの墓まで行けなくてごめんな。雪が解けたら、早くおいでよね」と。
この冬は、きびしい寒さだったため、御巣鷹の雪解けは、遅れそうだとか。春の陽ざしを受け
て、墓標に積もった雪がきらきら輝きながら、解ける様が目に浮かぶ。
私は、今年も楢勝の補修してきた登山道を登る。
目を細めて再会を喜ぶ彼の笑顔に会うのが待ち遠しい。
池田知加恵『雪解けの尾根』より
このホームページのいくつかのテーマのなかでも、いち早く、遠く長野県や神奈川県からこのサイトをみたという方
がわざわざお店にきてくれたのもこのテーマ館です。
しかし、残念ながら、このテーマ館のなかで、なんでいまごろ日航機事故なんだという疑問を寄せられ、店内のコー
ナーを一番先に縮小してしまったのも、このテーマ館です。
長野県、神奈川県、静岡県などからわざわざこのテーマ館を見にいらしてくれた方がこのコーナーの本をまとめ買
いしてくださいましたが、店内のコーナーを縮小してしまっていたことが悔やまれます。
未だに日航機事故をめぐるサイトはたくさんあり、掲示板などをもつサイトも、膨大な書き込みがされていますが、お
店でただ関連書を集め、二、三の説明文を添えて展示しただけでは、この問題の今日に受け継がれるべき価値はな かなか伝えられないことを痛感しました。
それだけにこうしたバーチャルサイト上でこそ、長くこの問題の意味を訴え続けていきたいとも思います。
はるばる遠くから来ていただきながら、いつもこれといったお礼がなにもできないのもなさけないのですが、ようやく
ひとつだけ、ささいなお礼の品が思い浮かびましたので、今度、遠くからお店にいらした方は是非、店長までひと声お かけください。たとえ店にいないときでも、可能な限りすっ飛んでまいります。
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