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かみつけの国 本のテーマ館 別館 当テーマ館のキーパーソン

内山 節(うちやま たかし)

1950年 東京生まれ。哲学者



ちょっと変わった哲学者です。
群馬県の上野村と東京の二重生活をしていることだけではなく、
その独特の研究スタイルは、これまでのどの哲学者とも異なる独自の姿をもつのです。
私も長い間、上野村をめぐる内山節さんの文章をいろいろなところで見ていながら
このひとはいったいどういう人なのかつかめきれないところがありました。

長く掛川市の市長をされていた榛村純一さんは、
「現代日本で、大学教授とか宮仕えの身ではなく、哲学者という肩書きだけで飯が食えるただ一人のひと」
と内山節さんのことを評していました。

私にとって「働く」、「生きる」、「暮らす」ということがどういうことなのか、
経済評論家の内橋克人さんとともに、
もっとも多くの大事なことを教えてくれているひとです。
群馬県の「一郷一学」の塾頭もされており、これから、このテーマ館のいたるところに
内山節さんの世界が浸透していくこととと思われます。

内山節さんの最新の活動内容については、ホームページ内山 節をこ参照ください


『里の在処』 2001年 新潮社 

主 著


『労働過程論ノート』 1976年、増補版1984年、田畑書店 品切れ
 
内山さんの原点を思わせる本ですが、まだ見ていません。



『山里の釣りから』 1980年、日本経済評論社、1995年岩波「同時代ライブラリー」

『戦後日本の労働過程』 1982年、三一書房 品切れ

          
『存在からの哲学』 1980年 毎日新聞社 品切れ
『労働の哲学』 1982年 田畑書店 品切れ
     

このあたりまでが、内山さんの初期の著作として位置づけられるような本といえるでしょうか。
通常の哲学、社会科学に関心のある人びとには、この辺の初期の著作の方が、
概念思考で貫かれた表現で書かれている分、哲学者としての内山さんは理解しやすいかと思えます。

ところが、内山さんの真骨頂は、次の「フランスへのエッセー」や親子の対話形式で綴られた「哲学の冒険」
あたりからエッセー、散文的表現が顕著になり、学術研究者然とした表現は影をひそめていきます。
ちょっと変わった哲学者といった言われ方は、この辺から始まったのではないでしょうか。

そしてその独自性は、上野村との出会いを契機としてさらに決定的なものになっていったように見えますが、
もうひとつ、あまり知られていない経済社会学者、渡植彦太郎との出会い交流も見落とすことができません。

    

渡植彦太郎
『仕事が暮らしをこわす』人間選書95
『技術が労働をこわす』人間選書99
『学問が民衆知をこわす』人間選書108
農文協 




『フランスへのエッセー』 1983年 三一書房 品切れ

      
『哲学の冒険』 1985年 毎日新聞社 品切れ 1999年平凡社ライブラリー
『続・哲学の冒険』 1990年 毎日新聞社 品切れ



              
『自然と人間の哲学』  1988年 岩波書店 品切れ
『情景のなかの労働』  1988年 有斐閣 品切れ


 
『森林社会学宣言』 編著1989年 有斐閣 品切れ

『自然と労働』 1986年 農文協

『自然・労働・協同社会の理論』 1989年 農文協

『山里紀行』 1990年 日本経済評論社

     



『山里の釣りから』は岩波同時代ライブラリーに入り版を重ねたこともあり、おすすめの1冊でもあります。
釣りをキーワードに語り始めていますが、観光やスポーツとしての「渓流釣り」と「山里の釣り」を区別してます。
内山さんは山村と自然の姿や変遷の歴史をみつめ、やがてその山里と釣りは
自らも畑を持つことを通じて山里の暮らしを見つめる目へと変化していきます。

「なんでもそうだが、育てるっていうことは計算ですることじゃあないんだ。
木を育てる。
山を育てる。
それは人間の営みっていうもんだ」

山村は主食たる米と塩の生産ができないが故に、外の世界との交流も必然たらしめた。
一見時代に取り残され、孤立しているかのような山村のくらしのなかに、時代に翻弄されながらも
これからの時代を見極める重要な手がかりがみえてくる。





           
『戦後思想の旅から』 1992年 有斐閣 品切れ
『やませみの鳴く谷』 1992年 新潮社 品切れ


内山さんの思想は、上野村のことや労働という人間の営みについて豊かな表現がたくさん見られますが、
他に私にとって印象深い表現で「木」に関するふたつの記述があります。

ひとつは、今、出典が確認できないので、おぼろな記憶ですが、
木というのは、なんでも許してくれる存在であるといったような話。

木は、小鳥が巣をつくらせてください、といえば、
「いいよ。」とこたえてくれる。
雨が降ったときに雨宿りさせてください、といえば
「いいよ」という。
木の実を分けて食べさせてください、といえば
「いいよ」という。
木の枝を薪に使わせてください、といえば
「いいよ」という。

さらに、今度、家を建てたいので全部私にください、といえば
やはり「いいよ」という。
そんな存在であると。

個々の例は違ったかもしれませんが、そのまますばらしい絵本が出来そうなお話ですね。



もうひとつは『自由論』のなかに出てくる次の表現です。
(改行段落はWEB用になおさせていただきました)

「大きく育った大木をみていると、私は動くことのできない生き物の生き方とは何だろうかと、考えることがある。
私たちは、自分自身が移動できることを前提にして自由を考えている。
ところが木は、種がそこで芽を出してしまえば、生涯そこから移動することはできない。
それを不自由だといってしまったら、木の「人生」は成り立たないのである。

ところが木は、動けないからこそ、ひとつの能力を身につけたような気がする。
それは自分が必要としているものを呼び寄せるという能力である。

秋に落とす大量の落葉は、微生物や小動物を呼び寄せ、そのことによって彼らに肥料をつくってもらっている。
木がもつ保水能力も何かを呼び寄せるためのものかもしれない。
ときにたくさんの花をつけて虫たちを呼び寄せ、たわわに実をみのらせて、鳥や山の動物たちを呼び寄せる。
そうやって他者の力を借りながら、木は生きているように感じるのである。

(略)

そして、もしそうであるとするなら、木が自由で生きるためには、
他の自然の生き物たちも自由に生きていられる環境が必要である、ということになるだろう。
木は自分の自由のために、他者の自由を必要とするのである。

それは素晴らしいことである。
人間はときに自己の自由を手にするために、他者の自由を犠牲にさえするのに、
木は他者の自由があってこそ自分自身も自由でいられるのである。

自由を、日本の昔からの言葉の使い方に従って、自在であることと言い直せば、
木が自在な一生を生きるためには、
自在に他者を呼び寄せ、自在に他者とともに生きていく世界が必要ななずである。


いろいろな自然観、人間観を彷彿させるすばらしい表現だと思います




『貨幣の思想史』 1997年 新潮社


         
『自由論 自然と人間のゆらぎの中で』 1998年 岩波書店 品切れ
『時間についての十二章』 1993年 岩波書店 品切れ
本サイト内引用ページ 質(価値)は量によってしか表現しえないのだろうか


内山さんの思想を代表する著作を強いて絞り込むとしたら、上記2点と
『自然と人間の哲学』  1988年 岩波書店 品切れ
『情景のなかの労働』  1988年 有斐閣 品切れ の計4点をお勧めします。
いずれも入手難ですが、アマゾンの古書などで結構入手できるようになりました。
特別なこだわりがなければ、新刊で入手しやすい以下の本でも十分内山さんの考えは理解することができます。




       
『ローカルな思想を創る 脱世界思想の方法』 1998年 農文協
  『市場経済を組み替える』  1999年 農文協
  『森の列島(しま)に暮らす』 2001年 コモンズ
『山里のごちそう話 食・詩・風土再考』 2003年 ふきのとう書房
『里の在処』 2001年 新潮社 




    
『地域の遺伝子をみがく』 2004年 蒼天社出版
関連紹介ページ「上野村」が教えてくれること



             
『森にかよう道』 1994年 新潮社 『「里」という思想』 2005年 新潮社
                           本サイト内の引用ページ ニホンオオカミ復活プロジェクト


     
『「創造的である」ということ 上 農の営みから』 2006年 農文協
『「創造的である」ということ 下 地域の作法から』 2006年 農文協
この本に出会ってはじめて、内山節さんの研究スタイルの独自性の全体像をつかむことができました。
思想のローカル性の問題とともに、これからの哲学というものが散文的にならざるをえないことを説いています。


 

内山さんの著作は、その散文的形式から、要約しにくいという特質ももつ。
本書もその例外ではありません。
そのタイトルからちょっと誤解もされそうですが、
これまでの内山節さんの労働観、社会観がとてもよく概観できる構成になったすばらしい本です。 

ここにひとつだけ、そのなかの話を紹介します。
それは、内山節さんが群馬県の「新総合計画」である 「二十一世紀プラン」の策定に加わったときのはなしです。


 「新総合計画」は、普通は五年に一度つくられる。
ところが群馬県ではこのとき、百年計画をつくることにした。
短い時間幅で将来を考えるのではなく、 遠い未来を見据えながら考えてみよう、という発想である。

といっても、百年後は、 かすんでしまうほど先のことではない。
おおよそ、いま生まれた子や孫が高齢者になる頃のこと、 と考えればよい。


 面白かったのは、五年計画が百年計画に移行したとたん、
基本的な発想が変わったことである。

五年計画だとどうしても「つくる」計画になる。
今日なら高度情報化社会をつくるとか、先端産業を育成する、
高速交通網を整備しる、環境や弱者にやさしい風土をつくる、といったことである。

ところが百年計画になると、 「つくる」ことのほとんどが意味を失ってしまった。

なぜなら、百年後に情報がどのようなかたちで伝達されているのかも、
主要な交通手段が何になっているのかも誰にもわからないからである。
そればかりか、情報という概念や、移動という概念自体が変わってしまっているかもしれない。
今日の先端産業など、百年後には本や映像でしかみれないものになっているだろう。
現在の発想で何かをつくってみても、 おそらく百年後には意味がなくなっている。

このような議論をへて、「二十一世紀プラン」は、
「つくる」計画から「残す」計画へと変わった。
百年後の人々が破綻なく暮らしていけるようにするには、
何を残しておかなければいけないかが計画の中心になったのである。

自然とともに暮らす風土を残す。
地域のコミュニティーを残す。
暮らしをつくる手仕事を残す。・・・・。

もちろん「残す」ためには、再生しなければ残せないものもたくさんある。





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