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かみつけの国 本のテーマ館
 第四テーマ館 田舎で「美しく」暮らす 

「上野村」が教えてくれること
(2005/07/02更新)






 上野村の特異な存在は、このテーマ館でとりあげている日航機の御巣鷹山墜落事故を通じ
てはじめて、多くのひとに知られるようになったといえるでしょう。

 あの事故が、上野村の人々や黒沢村長の存在によって、どれだけ被害者遺族と日航社員、
現場の医療関係者や警察、自衛隊の間で敵対しがちな人々の心をやわらげることができたこ
とでしょうか。
 もちろん、責任の問題をひとつとして蔑ろにして良いことはありませんが、問題解決の上でも
っとも大事な、苦しんでいる相手の立場に立ち協力する、という本来の人間の姿勢をどれだけ
多くの人々に身をもって教えてくれて、気づかせてくれたことでしょう。

   
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 そんな印象を日航機事故を通じて上野村に対してもちだしたのですが、事故後、新聞記事な
どに出てくる上野村のことを、いろいろ目にするにしたがい、この群馬県下ばかりでなく、全国
的にみても交通の便の悪いこと極まりないこの小さな村(参照ページ御巣鷹山慰霊登山)が、
山村のあり方だけでなく、地方自治のあり方について、実に多くのことを教えてくれることに次
第に気づきはじめました。


 
 まず、第一にあげられるのは、自治(地方自治)に対する上野村の姿勢です。
 最近、至るところで進んでいる市町村合併の動きに、上野村は聞く耳をもたないという立場を
守っています。
 自治体単位の問題ばかりでなく、上野村は、村を単位とする農協、森林組合を維持してい
る、いまではめずらしい村でもあります。農協も森林組合も、指揮官庁は日本中で広域合併を
すすめているなかでのことです。

 これは、なによりも、「自治」というものは、お金が無いからとか、何らかの機構で利便性に劣
るからといった理由だけで、隣同士くっつけば解決する問題ではない、本来の自立性があって
こそ成り立つものであるという姿勢が根本にあるからです。
 お金が無いから補助金をもらう(現実には上野村は取得可能な補助金は、かなり積極的に
利用もしています)、他所からの企業誘致をはかるといったことばかりしていたのでは、およそ
はじめから「自治」などということは放棄しているに等しく、ひたすたどこかへの従属への道を歩
むばかりになってしまう。
 それに対して、上野村は、ひとつの名前をもった自治体が歴史的に存在するのは、その地域
の長い時間をかけた自然や歴史、文化が存在するからであり、その歴史が築いてきたものを
守り育てることを自分の力で、お金が無いなら無いなりに知恵を出し合って行なっていくことこ
そ「自治」の基本であると考えます。
 もちろん、それは容易いことではありません。
 今日、こうしたことを言うはやすし、行なうは、いかに難しいか。

 これは宣言するだけでなく、こうした本来の自治の姿勢を表明するということは、同時に、中
央からの様々な強い圧力に対して、たいへんな闘いをともなってはじめて約束されることだか
らです。他のあらゆる問題でも共通しているのですが、「守る」ということは、外部からの強烈な
力に抗する努力をともなわないと、いかにそれが正しいものであっても、簡単に押しつぶされて
しまうことの方があまりにも多い世の中です。
 特に地方財政を、いかにささえるかなどを考えたら、ほとんどの自治体は、中央からの圧力
に屈せざるをえない実情になっています。しかし、自治(地方自治)を実現したいのなら、その
壁は絶対に突破しないかぎり、いくら財政的に「豊か」になったとしても、自治からかけはなれ
た「従属行政」からは抜け出しえないのが現実です。

  

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 そして、上野村はこの真の独立した自治を実現するための最大の財産として、豊かな自然、
特に多くの山村が諦めている林業に力を入れています。
 上野村に教わる第二のことは、豊かな自然を守り育てる、といってしまうとありきたりのことで
すが、他にたよる産業基盤がないだけに、10年、20年、30年、あるいは100年というサイク
ルで、山林をはじめとした自然をいかに大切に守り育てるか、真剣に考えて実行しているとこ
ろにあります。
 農業も林業もただ従事しているだけでは、外国から入ってくる安い商品に簡単に駆逐されて
しまう時代です。いくら交通が不便な山村でも、世界の商品市場の波は容赦なく押しよせてき
ます。

 それに対抗するには、ふたつの大きな努力が必要です。

 ひとつは、対外的に競争力のある優れた独自な商品を開発すること
 どこも力のある企業誘致にはしりがちですが、自治を基盤に考えた場合、外部からなにかを
持ち込むことよりも、外部の先進的な経験に積極的に学びながら、自分たちの内部に新しいも
のを育てることがなによりも大切なことです。
 イノブタの飼育や、挽き物の半製品製造からはじめた木工業などの研究努力を積み重ねて
います。

 もうひとつは、村外からの現金収入を求めるばかりに、輸入や村外への輸出にあまり多く依
存しすぎることなく、村の内部の相互協力による助け合いで、内部循環する経済や人間関係、
そしてそれらの総元である再生産されつづける自然をきずくことです。
 ある村人が「村には失業者はいないから」と言ったそうですが、仕事がない、失業したといっ
ても、村では相互協力関係が強いため、みなが気にかけていて、誰かがそのひとに合った仕
事を見つけ出してくれるそうです。安定した雇用先は少なくても、農業、林業を柱に常に仕事は
あるという点で、村人の労働は都市よりも安定しています。



 そして、それらの条件があるからこそおこりえたことだとも思うのですが、いわゆるボケ老人
のいない村としても、上野村はいつのまにか有名になっていました。
 なぜ、上野村がそうなったのか、多くの専門家が調査、研究に訪れているようですが、上野
村に移り住んでいる哲学者の内山節は次のように推論しています。
 
        高齢者は誰もが自分の体力にあった規模で農業をしている。それがよいのだろうと言う
  人もいる。確かに農業は、1年の時間の流れのなかでの人の役割を、自然なかたちで教え
  てくれるから、その役割をこなしている充足感が農民にはある。
   もっと大きな理由は、村には「過去」が自分のすぐ横にある、ということだろう。自分が子 
  供のころに記憶した山も川も、集落も、基本的には変わることなく目の前にある。その頃お
  ぼえた農業や山菜採り、茸狩りは、いまもそのままのかたちでつづけられている。一方では
  村も変わり、多くの親しい人たちが他界していったにもかかわらず、昔の祭りがいまも続い
  ているように、基層的な自然と人間の営みは、「過去」の記憶と変わっていない。それに他 
  界していった人々も、村に暮らし、村に眠った人々として、「過去」と結びつきながら記憶さ 
  れている。
   村の暮らしのなかでは、「過去」は、現在の自分の生活の中に、再現される場所を持って
  いるのである。
                      内山 節   上野村日記Jより  東京新聞


  
内山 節 「里の在処」 
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 北欧では、老人が施設などに入る場合でも、できる限りそれまで暮らしていた環境を維持・継
続できるよう、それまで家で使っていた家具、食器などを可能な限り持ち込んでおいて置くよう
にすることが常識になっているそうです。



 人間が生きていくうえで、積極的に外部にはたらきかけて変えていくことの重要性と、同時
に、いつまでも変わらないままであることの重要性の両面を、上野村は私たちにおしえてくれて
いるように思えます。




 そして日航機事故の関連で、最後にもうひとつ紹介したいのが、上野村消防団のことです。

 事故後、地理を熟知した地元消防団の協力・活躍は各方面から賞賛されました。

 ところが、他町村の人々から上野村消防団はよく尽くしたと褒められた意味は少し違います。

「のちに他町村の方々から私に上野村消防団はよく尽くした、とお褒めの言葉をいただくことが
あって、私が『あなたの所の消防団でも事件があれば同様に対処するでしょう』と答えると、『い
や違う。われわれの地域では何日も続けて全員出動などできない。それを上野村の消防団は
何日も続けたから頭が下がるのだ』。」

 黒沢元村長は、消防団は今の日本社会でただ一つ残る奉仕団体であるとも言っています
が、現代では通常、二日、三日にも及ぶ活動でもあれば、当然それぞれの生業の都合で一人
抜け、二人抜け、と人数が減っていってしまうのが普通です。
 それを日航機事故のときの上野村消防団は何日にも及び、ほぼ全員が出動し続けた。

 当時、黒沢村長は、村に助け合いの精神が根付くにはまだまだ時間がかかると思っていたと
ころ、この消防団の活躍をみて、すでに「助け合いの精神」は村に根付いていたと気づき感動
する。

   

『わが道これを貫く』
上毛新聞社(2005/06) 定価 本体1,905円+税

 この事故後、所感として黒沢村長は次のような一文を残しています。

                   所     感

(イ) この事故処理の初め、私は遺体収容の場所を当然準備すべきものと考えて県警
本部長に相談した際、この救助救難活動が組織化して協力しあっていないことに気づい
た。
 自分が遺体収容は村内と思う前に、救難救助の主役は誰かを考えて、その人に問うべきを
問わなかったこと、主役側かあらも知らせて来なかったことに気づいたからだ。
 上野村には幾つもの事故対策本部ができたが、終始組織化されなかった。
 特に遺体収集を同じ所で毎日行っている機動隊と自衛隊を見て、これでは真の力の結集し
た作業はできまいと感じ、以来、このようなときに備えて、有事に際して誰を指揮官としていか
に組織化して協力するかを定めておくべきだと唱えてきたが、いまだそれができていない。
 その悪い結果が阪神大震災の救助救難活動に出たことを猛反省すべきではあるまいか。

(ロ) 消防団はわが国社会における唯一の奉仕団体で、国民に己を犠牲にして社会に
奉仕する見本を示している尊い存在であることを忘れてはなるまい。
 すべてに代表される財力さえあれば一人で生きられると錯覚して自分本位になり、社会の恩
を忘れ、己のみを主張する社会は、不健全で烏合の衆に近い。
 真の社会には、社会への連帯意識と協力の心が強くなければなるまい。
 都会でも消防団を組織して犠牲を覚悟した消防団活動を盛んにしたらと思う。

                (雑誌寄稿 平成8年 『わが道これを貫く』上毛新聞社より)





 これらのことは、小さな村だからこそ可能であったことかもしれませんが、そもそも「自治」と
は、より小さな単位でこそその真価を発揮するものではないでしょうか。そのことを、最近の市
町村合併の流れはまったく見失っているようにも見えます。

  

内山 節・出島二郎・中谷健太郎著
『地域の遺伝子をみがく』
蒼天社出版(2004/08) 定価 本体1,800円+税

 ひとつの時代が終わり、ひとつの時代がはじまろうとしている。
 近代の思想は、文字を媒介にして世界共通の問題を見出そうとしてきた。それは、普遍的なもの、機能的なもの、
交換可能なものを基調とし、単一化・均質化を加速させ、世界共通で通用するものに価値を求めるものであった。文
字で表現できるものは「高尚なもの」であり、限られた地域でしか通用しない文字で表現できないものは「たわいない
もの」と考えられてきた。しかし、20世紀末になってそれは逆だと気づいた。「浅いことは世界共通にできるが、深いこ
とはできない」、「浅いことは言語で表現できるが、深いことはできない」。


 本書は、「21世紀の価値観の変化を問う−ローカルな思想を創る」をテーマに開かれた哲学者内山節、町づくり実
践者中谷健太郎、マーケティング・プランナー出島二郎の鼎談をもとにまとめたものである。


 内山節は、『現代の私たちの考えを支配している思想は、戦後思想であり、欧米思想であり、ヨーロッパの近代思
想であった。日本の伝統的・土着的思想は脇の思想となっているが、思想的な世界にはグローバルなものとローカ
ルなものがあるのではなく、本来ローカルなものしかありえない。とかく「地域限定であることは劣っている」という意
識があるが、このような発想を逆転させることが大切である』と、述べている。

 中谷健太郎は、『「ここに湯布院があった」、「これこそ湯布院だ」という実感をもっていただくためには、地域のイメ
ージを濃密なものにしていかなければならない。地域に入るということは、狭いエリアにいることを強く印象づけること
だ。顔の見える範囲で暮らし、「ここにしかないものや習慣」を大事にして生きていく。それを旅人に共感してもらえれ
ば、地域や地方はさらに生き生きとしてくるだろう』と、述べている。

 出島二郎は、『現在の地域づくりや町づくりは戦術的といえるのではないか。誰もが「大」なることをめざしている。し
かし、小さいものが小さいままで生きつづける可能性は地域ならではの美、味わい、コクなどテイストという差別化に
ある。工芸都市金沢に脈々と受け継がれてきた遺伝子は、加賀藩五代将軍前田綱紀の「細工所」、「百工比照」とい
う命がけの戦略から生まれている。何処の地域にも遺伝子はある。それは地域に暮らす人々によって継承されなけ
ればならない』と、述べている。
                                            本書「はしがき」より





上野村、慰霊の園近くの川で遊ぶ子どもたち
この水のきれいなこと! 最近では田舎でも川で遊ぶ子どもの姿はあまりみなくなりました。
釣り人たちがのんびり竿を垂れていられないほど、子どもたちが川で元気に遊べるようになれば、
間違いなく世の中はよくなる!




【 コ ラ ム


 上野村のような山村で、もうひとつ早くから有名になっていた村が岩手県にあります。
 忘れ難いおはなしなので、この機会にご紹介したいと思います。

 このことは、将基面誠著『無医村に花は微笑む』(ごま書房)e-hon注文カートではじめて
知ったのですが、千葉県がんセンター婦人科医長の職を投げ捨てて、岩手県のチベットの
なかのチベットといわれる僻地の無医村である田野畑村に夫婦で移り住み、早野村長らと
ともに、お金は無くとも、梅の花の咲きあふれる美しい村作りを成し遂げていたお話です。
 村に梅の木を植えつづけたこの医師の奥さんは、5年ほどで骨髄異形成症候群という病
気のため45歳の若さで亡くなってしまいますが、その奥さんの実家である千葉県木更津の
葬儀には、遠く三陸海岸から二百名もの村人たちがバスをつらねて参列したといいます。
 
   

 この医師が無医村で働く志をもつきっかけになったのは、菊池武雄『自分たちで生命
を守った村』(岩波新書)を読み雪深い無医村の岩手県和賀郡沢内村で深沢晟雄とい
う村長が示した医療にかける思いに感動したからだという。
 さらに詳細は、及川和夫著『村長ありき―沢内村深沢晟雄の生涯』(新潮社)や、
田祖電他著『沢内村奮戦記』(あけび書房)にも詳しい

   

 吉村昭の「梅の蕾」(文春文庫『遠い幻影』)e-hon注文カートに、この医師の村長との出会
いと妻の死、そして単身で田野畑村に戻る経緯が、見事に小説家されている。
 (いづれ、吉村夫妻と田野畑村との交流については、吉村昭のページで紹介する予定です。)

    

 少し、吉村昭の話の魅力につられて脱線が過ぎたようです。


 あらためて過疎化の波のなかで、国から切り捨てられる山村が、本来の姿を取り戻す姿の
例として高知県のことを次に紹介してみます。





『高知国独立宣言』について


 平成の大合併と言われる市町村合併の流れは、財政力のない自治体は、力のある自治体
と合併しなさい、もしくは弱いもの同志は徒党を組んで強くなりなさいとばかりに、経済界で行
われている市場競争原理がそのまま持ち込まれたような観がありますが、この流れにまったく
組しない自治体は、上野村ばかりではありません。(いつか福島県の南端の矢祭町などは、是
非ご紹介したい町です)

 合併問題や補助金問題で国から見捨てられる運命に立たされて、自らかかえる財政難から
背に腹は変えられない選択を迫られた自治体は数多ありますが、他方、ここまでくると、「国を
見捨てる」自治体というのも現われはじめています。

 

 そのひとつが、清流四万十川流れる高知県です。
 内橋克人氏が、NHK人間講座『「共生経済」が始まる』(2005年2〜3月放送)のなかで、次の
ように紹介しています。



 いうまでもありませんが、高知県は、小規模農家や小規模漁業者が多く、一事業所あたりの
従業員数でいえば全国で下から三番目。人口一万人あたりに小売商店の数は日本一です。
つまり、それだけ零細な日本型自営業がいかに多いか、示していることになります。

 財政力、地域経済力、収益力、その他、いま猖獗(しょうけつ)を極めるマネー資本主義から
すれば、まさに弱体自治体という烙印を捺されてしまうこと、間違いないでしょう。


   県内総生産額           46位
   県民所得(人口1人あたり)     45位
   財政力指数             47位
  地方交付税額(人口1人あたり)   3位
   公的支出(人口1人あたり)      2位
   国庫支出金額(人口1人あたり)   3位
   地方債現在高(人口1人あたり)   5位
           (高知県企画振興部統計課「見てみいや高知の統計」より)


 ところが、視点をちょっと変えてみただけで、同地域がいかに素晴らしい潜在力を秘めている
か、お分かり頂けると思います。

 たとえば、人口あたりの学校数はどうか、社会福祉施設はどうか、です。つまり、住民の立場
から見て好ましい環境はどうなっているのか、それこそが知りたいところではないでしょうか。
意外かもしれませんが、実はそのいずれにおいても高知は日本一なのです。子どもの教育、
年老いてからのケア、安心して暮らしを続けることのできることこそ高知ということです。

   森林面積割合                    1位
   小学校数(児童10万人あたり)             1位
   中学校数(生徒10万人あたり)             1位
   図書館数(人口100万人あたり)            5位
   児童福祉施設数(15歳未満人口1万人あたり)    2位
   社会福祉施設数(人口10万人あたり)         1位
   身体障害者更生援護施設数(人口100万人あたり) 2位
   病床数(人口10万人あたり)                  1位
   医師数(人口10万人あたり)                  2
   看護師数(人口10万人あたり)                1位


 同紙の「近未来フィクション 高知県独立」はこう書いています。
「人が肩を寄せ合い、地域のコミュニティーを大事にしながら生きているのが高知県なのであ
る。『効率化』という日本政府が敷くレースからすれば、間違いなく最下位ランナーだろう。なら
ば価値観を逆にすれば・・・・・。日本の最後尾を走っているということは、価値観が逆になれば
トップになる。つまり、日本政府と逆の方向を目指せばいいのではないか。それが『真の豊か
さ』を追求する発想だった」(高知新聞、2004年9月7日朝刊)


 中央の目線で見れば最低かも知れないが、県民の立場からすれば素晴らしい条件の地域と
いうべきであり、二十一世紀日本の選択として学ぶべき地域ということになるのです。なぜ、こ
のように国と地方でひっくり返ってしまうのか。本来ならば、国と地方の目指すべき価値観は一
致していないとおかしいのではないでしょうか。

 そこで高知県は自分たち自身でみずからの進路を見定め、選択し、決定することにしたので
す。県という行政体ではなく、住民の自主的選択といったほうが的確かもしれません。それを高
知新聞は反映させたといえる。選択の方向は次のようなものでした。何よりも私たちを「お荷物
視」する日本から離脱しよう、そして私たちが育み、慈しんできた特徴、よき人間性、そしてどこ
にもない恵まれた海と山の自然を生かそう。現代日本を被う市場一元支配社会、それを推し
進めるような政府の治める日本から離脱するのが最善、とそう考えるようになった。

      NHK人間講座 内橋 克人『「共生経済」が始まる』 日本放送出版協会 より


  

『時の方舟 高知、あすの海図』
高知新聞社 編 (2004/10)
定価 本体1,800円+税


 内橋氏は、常に「もう一つの日本」は可能だと、うったえ続けていますが、今こそもっと多様な
明日の姿を捉えなおしてみたほうが良いのではないでしょうか。


   

関川夏央 日下公人 奥本大三郎 森まゆみ 津野海太郎
『品格なくして地域なし』
晶文社(1996/11) 定価 本体 2,100円+税


    




                                            文 ・ 星野 上




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