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この写真はイメージ写真で本書の島と関係はありません
この高齢化率日本一でありながら、日本一元気な村を取材した佐野眞一著『大往生の島』
は、これからの高齢化社会の姿を考えるうえでばかりなく、人が明るく元気に生きるとはどうい うことかを、私たちに問いかけてくれるすばらしい本です。
この本に載っている写真をここに勝手に掲載できないのが残念ですが、扉に載っている8人
のお年寄りの写真は、もちろんたくさん撮影されたなかから選ばれた良い写真であることには 間違いないのですが、にもかかわらず、世間のお年寄りの写真としては、実に生き生きとした 表情をしています。
都会で物質的にも文化的にも恵まれた施設や、恵まれた家庭環境にあるお年寄りでも、これ
ほど生き生きした表情の笑顔には、なかなかお目にかかれないのではないでしょうか。
もちろん、これだけ突出した高齢化の島ですから、島の人が元気であろうとなかろうと、それ
だけでも専門家が注目して調査に訪れたりします。
長寿日本一の町として折り紙をつけられた調査結果では
@年間平均気温が15.6度と気候が温暖なこと
Aお年寄りのほとんどが漁業、ミカン栽培などの仕事を続けていること
Bカルシウム分を多量に含む新鮮な小魚類を中心とした食生活であること
といったことが長寿の要因として指摘されています。
ところが、この島のすばらしいのは、結果として長寿であることにとどまらず、これまで通常独
居老人などはマイナスのイメージとしてしかとらえられていなかった条件にありながら、すこぶ るみんな元気にあかるく暮らしているということです。
もうひとつ、山口大学が昭和59年におこなった調査が紹介されています。
「今の生活に満足していますか」という質問に
満足 : 49.3%
普通 : 46.3%
不満 : 3.8%
さらに「なんでも話しあえる友達がいますか」という質問に
「いる」が75.4%で、全体の4分の3を占める。
「日常用務は一人でできますか」という質問に
92%の人が「一人でできる」と答えている。
健康であるからこそ、一人暮らしでやっていける。
一人暮らしであるからこそ、何でも話しあえる友達が必要。
一人暮らしであるからこそ助け合える仲間に支えられている。
仲間といっしょだから一人でも元気に生きて行ける。
プラスの循環構造がなりたっています。
かたや私たちのまわりのお年寄りの実態をみると、
たとえ今は健康であっても、将来を考えれば健康に不安があるから、家族や病院に頼らない
わけにはいかない。
老後、まわりに迷惑をかけないようにするには、お金を貯めておくしかない。
お金がなければ、家族に頼るしかない。
こんな実態が日常に見えています。
このふたつの大きな分かれ目になっているのが、年老いて、たとえ体力の衰えを感じても、
将来にわたって自分が元気でいられると思えるかどうかであり、自立の前提である「働ける」と いう環境が自分にあるかどうかにかかっているといえます。
この老いてもなんらかのかたちで働けるということを取り去って、自立や精神的充足、心身と
もに健康であることを保障することは極めて難しいことなのではないでしょうか。
たくさん老後のお金を用意しておいても、「働ける」だけの健康や「働くこと」でつながりをもて
るまわりとの環境が備わっていなかったならば、いくらお金があっても、文化的な生活が保証さ れていても、生き生きと豊かに暮らす老後の姿、輝いた瞳を想像することは難しいのではない かと思います。
こんなことを言うと、体力の衰えた年寄りを無理やり働かせるのかとの非難をうけてしまいそ
うですが、労働の姿はともかく、なんらかの労働もできなくなってしまうということは、人間が生き ていくという基本的な条件が失われてしまうということであり、そこを除いた人間の豊かさという のはやはり考え難いのではないかと思うのです。
福祉予算切り捨ての口実に利用されることなく、こうした議論がもっと深まることを願うばかり
です。
少し視点を変えて、阪神淡路大震災後の仮設住宅で暮らす人々の生活と比べると、もっと鮮
明に見えてくるものがあります。
また少し長くなりますが、このテーマ館のいろいろなところで登場していただいている野田正
彰氏の『背後にある思考』(みすず書房)から引用させていただきます。
「6447人が震災で亡くなった。以来どれだけの人びとが不幸な死を迎えたことだろうか。避難所で倒れていった人
びと。仮設住宅での『孤独死』は4年間で、237人を数えた。そのうち、自殺と判明している人は28名。孤独死という言 葉は、寂しい死すべてを表すものではない。弱っていた単身者がたまたま数日前に発見され、病院に運ばれて死ぬ と孤独死とは言わない。対人関係を失って亡くなっていった人びとの数は孤独死の数より多い。さらに、仮設住宅に 入らずに寂しく亡くなっていった人びとはどれくらいか、わからない。県外に去っていった5万人ともいわれる被災者は 今どうしているか、わからない。
99年冬より、出来上がった災害復興公営住宅へ被災者は移っていった。以来3年、2001年11月末で、復興住宅
での孤独死は147人にもなる。そのうち、107人が男性。立派な公営住宅に入ってやっと安楽に暮らすはずだった 人びとが、近隣関係をつくれず、扉を閉ざして亡くなっている。
3万8600戸の復興住宅の世帯主で、65歳以上が4割を超している。最も戸数の多い神戸市営<約2万4000戸)
で高齢世帯率は46%、単身高齢世帯比率は28%となる。家を失い、家族と職を失い、近隣を失った人びとは避難 所の混乱と無為に疲れ、仮設住宅でやっとつくったか細い近隣関係を再び失い、もはや新しい人眼関係を築く意欲を 欠いたまま老いている。
阪神大震災から7年の現実は、震災でまず死傷しないように対策を立てること、生き残った後、私たち一人ひとりが
結びつきを感じられる市民社会をつくっていくこと、防災とはそれに尽きることを教えている。」
こういう問題は、もう少し頭を冷やして、時間をかけて考えてみたいものです。
人が生涯にわたって、人間らしく元気に生きていけるということが、どういうことなのか、この
本を通じてとても大事なことを学べるような気がします。
とりもなおさず、人が人として生きていけるということは、「働ける」という人間の能力があって
こそなりたつものであるということ。
人が「働ける」ということは、その人が、地域に対して何をしてあげることができるかということ
であり、地域とその人との信頼関係があってこそ成り立つものであるということ。
このことを抜きに、いくら福祉予算をつんでも、個人で老後の蓄えをつんでも、なかなか幸せ
に生きるということは考えられないのではないでしょうか。
これまでの消極的な福祉観に対して、最近Productive Welfare という言葉が出てきてい
ます。上記の本の注釈のなかでその説明が出ていましたので引用させていただきます。
Productive Welfareとは、福祉をこれまでの社会にとっての負担ととらえるのではなく、またケアを施してやるとい
う弱者救済でもない、新たなる生産的な営みとする考え方である。高齢者が真にイキイキと生活することができるた めに社会としてどう支援できるか、そうすることで社会全体が活性化すると考える積極的な発想で福祉をとらえ直さ なくてはならない。そのためには、例えば要介護高齢者に介護サービスを提供するといった狭い福祉サービスを対象 にするだけでは決して十分ではない。雇用や生涯学習を含めた高齢者の生活全体を支える広範な取り組みが必要 である。
また、高齢者を社会の「お荷物」あるいは手を差し伸べるべき「弱者」ととらえるのではなく、社会にとって「必要な
社会資源」として十分に機能できるような環境整備を行なうことが重要であり、これがWorkfareの発想である。 Workfareというのは、強制的に高齢者を働かせるというのではなく、肉体的にも気力・知力ともに十分社会に貢献で きる高齢者が、そう望む場合に社会が門戸を閉ざさないようにインフラ整備するということである。このコンセプトは日 本人の勤勉な国民性との親和性も高く、国民感情として受け入れる素地は十分であろう。Workfareが生き甲斐へと つながれば、高齢者の自立が促進され、高齢者の質の向上に大きく貢献すると考えられる。
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